2019年1月25日金曜日

梅の話

 2月に入りますね、みなさまいかがお過ごしでしょうか?平成も残すところあとわずかとなってまいりました。時は大寒、一年で最も寒さが厳しい時期にあたります。日本には古くから寒稽古という習慣があり、この時期にあえて武道や水泳などの稽古を行うことで、寒さに耐えられるだけの体力と気力を養おうとしてきました。遠い昔の話ですが、私の通っていた高校にも寒稽古のシステムが残っており、この時期は特に学校へ通うこと自体が苦痛で仕方がなかったことを覚えています。さて、この時期は単に寒く辛いだけかというと、あながちそうでもありません。

 今ちょうどタイムリーな植物は蕗の薹(ふきのとう)ですね。季節を細分化した七十二候では、この時期はちょうど「款冬華(ふきのはなさく)」と記されます。スキーのリフトの上から下を覗くと、雪の下からぽつぽつと顔を出し始めた蕗の薹がみえることがあります。この時期顔を出す花は、春の訪れの象徴とも言えるものです。天ぷらや蕗味噌などの苦味に春を感じられる方も多いかと思います。また、今時期の日本海側はちょうど寒鰤の解禁の時期です。12月、1月とタラバガニ(ズワイガニ)の解禁を迎え、その後すぐにやってくるのが鰤の季節です。成長するにつれて名前が変わる鰤は出世魚として知られ、お正月や結婚式など、慶事には欠かせない食材と言えます。特にこの時期の鰤は寒さのため脂肪が多く、鍋の具材として重宝されます。今時期は特に高いので、なかなか手が出ませんが、お祝いの席がある方にはぜひ召し上がっていただきたいご馳走ですね。

 他にも百合根など、美味しいものが本当に多くて楽しいこの時期に、そろそろ咲き始める花が梅です。梅は2月から4月頃までと、ゆっくり花開き、長く開花を楽しむことができる花です。種類も多く500種以上あると言われており、日本では古くから梅の美しい姿と香りに多くの歌人が魅了され、創作の題材とされてきました。特に菅原道眞公が梅を愛したことは有名で、拾遺和歌集に残された「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主人なしとて 春を忘るな(春な忘れそ、は後世の改変による言い回しです)」を聞いたことがない人はまずいないでしょう。太宰府へ流される前、主人がいなくても春が来たら咲き誇り、その香りをいっぱいにおこしておくれ、と、庭に咲く梅の花に思いを寄せて詠まれた句です。この歌には実はこの後続きがあり、梅は道眞を追って太宰府へ飛び、道眞の邸宅前に根を下ろした、と言われています。これがいわゆる「飛梅」伝説です。

 数ある梅の歌の中で、私が一番好きな歌は万葉集に残された、紀小鹿郎女(きのおしかのいらつめ)が詠んだ句です。

十二月には 沫雪降ると 知らねかも 梅の花咲く 含めらずして(万8-1648)

<訳>
十二月(旧暦ではもう春間近の時期)には、沫雪が降ると梅は知らないのかも、もう梅の花が咲き始めてしまった、どうか蕾のままでいないでそのまま咲いて

春先とは言え、まだまだ寒いこの季節。もう梅の花がほころび始めたけど、また寒くなったら咲かずに蕾で終わってしまうかもしれない、どうかこのまま順調に咲いてくれますように、という、早咲きの梅を気遣う、とても優しく綺麗な歌です。この歌を読んだ紀小鹿郎女とは、天智天皇の第2子である川島皇子の孫である安貴王の妻という身分の高い女性ですが、夫が数々の不祥事の末職を奪われた上、ひとりぼっちにされてしまいます。しかしその非凡な歌の才から大伴家持に愛されるなど、情熱的な人生を送られたようです。この歌だけでなく、同じく万葉集に残された、夫へ向けた数々の怨恨歌、そして10歳近く下の大伴家持と交わした恋歌からも、彼女の純粋で優しく気高い人柄を垣間見ることができます。

 今年度も残すところあと少しです。春を迎えるにあたり、徐々に忙しくなってきますが、みなさまご無理をなさらぬよう、ご自愛ください。まだまだ季節は寒いままです。お風邪を召しませんよう、体調管理に十分気をつけるだけでなく、心の健康管理にもぜひ気を配ってあげてください。梅の季節は長いです。焦らずともちゃんとみなさんを待っていてくれると思いますよ。

(文責S)

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